よく飛ぶ 紙飛行機への道

【第12回】日本紙飛行機協会(JPAA)訪問記

よく飛ぶ 紙飛行機への道

ある日の出来事

本稿をホームページ上にアップしていただいている管理スタッフ(本稿タイトル画のデザインもしていただいている)から、筆者に電子メールが届いた。その内容に筆者は、歌舞伎役者のように目を見張った。

なんと、日本紙飛行機協会(JPAA)から直接電話で問い合わせがあったと言うのである。
本稿第9回で公開した「紙飛行機図書館」の、二宮式紙飛行機所蔵一覧等が、JPAAの方々の興味を引いたようなのだ。

筆者はただ紙飛行機を愛するがゆえに、本稿を執筆しているが、まさかJPAAから声をかけていただけるとは。大会に参加したことの無い筆者は、JPAAにとって謎の人である。
ここは自ら正体を明かし、ご挨拶せねばなるまい。

管理スタッフにJPAAへ連絡を取っていただき、なんと2013年某月某日午後に、2人でJPAAを訪問することになったのである。
筆者が危うく視界没するほど舞い上がったのは言うまでも無い。

JPAAに到着

我々2人は、アポイントの時間よりやや早めに到着し、JPAAのあるビルのエレベーターに乗った。そして迎えていただいたのは、荒木敏彦JPAA事務局長その人であった。

筆者は一瞬気が遠くなったほどである。二宮式紙飛行機を愛する者であれば、ホワイトウイングスを商品化し、現在も継続販売している荒木氏の偉業を知らぬ者はおるまい。
これまで直接の面識は無くとも、筆者にとって荒木氏はあこがれの人である。

名刺交換

さて、名刺交換である。荒木氏から、JPAAの杉浦氏、三宅氏を紹介いただき、我々2人と計5人で語り合うことになった。

まずは、本稿第9回で公開した「紙飛行機図書館」についてお褒めの言葉をいただいた。この時点で筆者は視界没である。正にお話中、ずっと空を飛んでいるような気分であった。
そして本稿執筆の経緯について同行のスタッフと筆者が説明することとなった。
長年紙飛行機についての文献や型紙を収集してきた筆者だが、ある日気がついたのである。

「収集期間が長すぎて蔵書を全く把握できていない」ことを。そこで紙飛行機に関する文献と型紙の所蔵リストを、軽い気持ちで作り始めたのが真相である。 だ が、やがて気が付いたのである。所蔵リストは延々と続き、なかなか作業が終わらないことに。1年ほどして、苦労して作ったリストだから、この情報をまとめ て論文にして見ようと考えた。それが5回分の原稿からなる本稿の原型である。それが同行したスタッフの尽力により、現在の形でホームページとなったのだ。

このような経緯を説明させていただき、紙飛行機書籍や型紙の情報を、主にネットで得ていることも説明させていただいた。

荒木氏からのお話

荒木氏からは様々なお話をいただいた。荒木氏と、当時イランにお出かけだった二宮先生との出会い、初期のホワイトウイングス開発の経緯、二宮先生の紙飛行機 の性能と紙質に対するこだわり、上質なホワイトウイングスペーパーを確保することの御苦労について、最近の二宮先生のご活躍について、二宮先生が奥様と2 人で絵画を制作されること、これから協会が目指す活動について等、幅広いお話を伺った。

また、JPAAホームページに掲載されているが、「国立科 学博物館 青少年ものづくりフェスタ2013」として2月~3月に連続講座「青少年ものづくりフェスタ2013 紙飛行機を飛ばそう!!!」が開催されることも 伺った。それに伴い、カラープリントのホワイトウイングス版YS-11を開発中であることも教えていただいた。マストバイである。

さらに、本稿ホームページをJPAAホームページで紹介していただく旨、申し出があり、筆者は歓喜の涙を禁じえなかった。

写真も撮らせていただきました

最後に当日の写真を載せておくことにしよう。
左から三宅氏、荒木氏、杉浦氏である。

当日は大変貴重なお話をうかがい、なんと協会グッズまでお土産にいただいた。筆者の人生にとって、他に並ぶ日の無い最高の一日だった。JPAAの皆様には深く深く感謝を申し上げたい。

それにしても、筆者にとって荒木氏は、巨大な上昇する空気の泡のように、優しく暖かな方だった。筆者は当分視界没のまま、地面に足がつきそうに無い。

(2019年9月20日追記:この訪問の際、二宮先生が三鷹市の公園で朝10時ごろまで試験飛行をなさっていることを伺い、筆者は早速その公園へ出向き、二宮先生ご本人にはじめてお会いすることになった。その際はフライトの御指導を受けたのはもちろん、紙飛行機について幅広くお話をうかがい、試作機を見せていただいたりもした。
また、二宮先生お手製の複葉飛行艇や、正月にはその公園でお年玉代わりの型紙をいただいたり、紙飛行機の撮影用カメラ機材のお話をしたりできた。
更に二宮先生から子供の科学編集長をご紹介いただき、筆者の調査活動は大きく幅が広がることになり、子供の科学編集部所蔵のバックナンバーを確認させていただくなど、資料収集・確認に大きな成果を上げることが出来た。
また二宮先生の子供の科学連載最終回には、恐縮ながら小文を寄稿させていただいた。
それもこの時、荒木氏にお会いし、その暖かな上昇気流で私の心を押し出していただいたことがきっかけである。この場を借りて、改めて荒木氏に深く感謝していることをお伝えしたい。)